<第5話>九伝流創設までの道程(第1章)

【第1章】治療家になったきっかけ、想い、覚悟

 

 

 

<私の祖父は>

 

 

。。。山口県の仙崎という村で気功の達人といわれていて、数々の難病を直し、奇跡の人とも言われていました。

 

 

その影響もあり、治療に興味があり、自分もいつかは、祖父のようになりたいと思っていました。

 

 

病院であきらめた人が治ったり、歩けない人が歩いて帰ったり、奇跡のようなことが起きていたので、最初は気味悪がられていましたが、結果を出していくにつれ、祖父に治療の依頼が多くなってきたのです。

 

 

田舎ですが病気の人は多くて、見ているうちに、なんとか助けてあげたい、自分もそんな人間になりたい、そう思いました。

 

 

そこから、私は人生の30年間を修行に費やし、様々な経験をすることになり、ジャンルを問わず、体に良いと聞いたら、なんでも飛び込んでいきました。

 

 

そこで、色々なことを学びました。

 

 

もちろん怪しい治療法も多くありました。

 

 

ほとんどが洗脳のようなもので、医術ではなく、ただのストレッチだったり、怪しげな手かざしだったり、可もなく不可もない普通の体操だったのです。

 

 

そのおかげで祖父の行っていた医術が本当に理にかなっていることが、改めてわかったのです。

 

 

日本中を移動して様々な治療家の先生に会いました。

 

 

名医や達人と言われる人から神道、仏教、キリスト教を始め、気功の達人、仙人といわれる人、覚醒者といわれる人、

生活を共にして、奥義や秘法のようなことも学びました。

 

 

 

 

<師との出会い>

 

 

そして、ある日、師と仰ぐかたから、東京の八王子の神社の境内で言われました。

 

 

 

『お前はいつまでここにいる?もう、次にいきなさい』

 

 

さらに師は、

   

 

『お前は近い将来、治療院を経営することになる。

 

 

そこで本来の自分の花を咲かせてみなさい!』

 

 

 

私はそこから離れて、さらに自分の色、自分らしい花を咲かせる修行が始まったのです。

 

 

 

師は何でも理解しているような方でした。

 

 

 

量子力学を私に勧めてくれたのも、師でした。

 

 

 

 

 

<大震災を2回体験>

 

 

それから、16年後の東日本大地震2011年3月11日。

 

 

 

その時、私は液状化した千葉県浦安市に住んでいたので被災者に!

 

 

 

なんと、阪神・淡路大震災を体験していた私は、2回目の体験です。

 

 

 

その日は奇しくも、私の治療院がオープンする前日!

 

 

 

何が言いたいのかといいますと、

 

 

 

その体験から私は人生という時間流れの意味を学びました。

 

 

 

生きることに偶然は一つもない全て必然だという意味を人生かけて体験したのです。

 

 

 

この感性を自らの行動に移さなければ、本当の次に進めないと感じたのです。

 

 

 

そこから、本物と偽物の違いが理解できるようになりました。

 

 

 

施術にも精神性が伴わなければ、どのような技術も現象化しないことを悟ったのです。

 

 

 

そこで、気が付いたことは、患者さんの症状を治すことやテクニックを学ぶという思考ではなく、

 

 

 

一番必要なのは、施術者の内なる感覚やセンサーを進化させることなのです。

 

 

 

それを教えてくれる所がなかったので、そういう道場を作ろうと思って出来たのが、九伝流でした。

 

 

 

 

第2章に続く。。。。

 

 

 

※無料メルマガに登録されますと、網戸宗家の「本物の治療家とは?」のコラムが毎週1回の予定で配信されます。
是非、登録してみてくださいね!

 ↓

 

https://kuden-ryu.info/p/r/wPqAxxAu